最初に
・サッカーは現在200を超える国と地域で行われ、その競技人口は全体で約2億5000万人にもなる世界で最も人気のあるスポーツとなっています。
・今回はそんなサッカーの歴史について改めて振り返ってみたいと思います。
・それではどうぞ。
概要
・サッカーの正式名称はアソシエーションフットボールと云い、日本でよく用いられるサッカー(Soccer)という言葉は、アメリカ英語に由来しています。
・基本的にサッカーという単語自体は、どこの国であっても通じますが、サッカー発祥の地とされるイングランドやサッカーが特に盛んな地域ではフットボールという呼称が一般的に用いられることが多いです。
・例外として、南アフリカやニュージーランドなどのラグビー競技が、盛んな地域でもサッカーという呼称が頻繁に用いられています。
・ラグビーが盛んな地域ではフットボールとはラグビー競技のことであり、逆にラグビーよりもサッカーが盛んな地域では、フットボールはサッカー競技を指してラグビーはラグビーという呼称で呼ばれることが多いです。
・これはラグビーとサッカーを区別するためであり、両方のスポーツの歴史にも由来しています。
・サッカーもラグビーもその歴史の起源は、中世の球技と英国の公立学校で行われていたゲームにあります。
歴史
サッカーの原型
・サッカーの原型となったとされる球技が、最初に行われた年代と場所は不明とされています。
・例えば、古代の中国やギリシャなどで行われていた球体状の物体を蹴る遊びもサッカーの1つであると考えられています。
・中世の間、ボールを蹴って行われる遊びは非常に人気があり、13世紀にはイングランドなどヨーロッパの国では禁止令も出されたことがありました。
・それでも人気は衰えることはなく、その後も何世紀もの間、世界中の人々がボールを蹴る遊びを続けました。
・それはやがて、サッカーという競技の正式な誕生へと繋がりました。
・産業革命が起こり、週に6日か7日働かなければならなくなった労働階級の人々にとって、ボールを蹴って遊ぶ場は娯楽と息抜きのための社交場でした。
・当時は統一されたルールが存在せず、ヒートアップしたゲームはしばしば喧嘩と暴力沙汰による治安の悪化を招いたといいます。
・英国政府は1830年にハイウェイ法と呼ばれる治安維持法を制定し、公共の道路や場所で無許可でのボール遊びを禁止しました。
・労働者階級のスポーツとして産声を上げたサッカーでしたが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学という名門校の学生たちがこの競技に夢中になったとき、サッカーを取り巻く環境は大きく変わりました。
・これらの学校は「健全な精神は健全な肉体に宿る。」として、学生たちがサッカーを行うことを推奨していました。
・ゲームの人気が高まるにつれ、ルールを制定する必要性が生まれました。
・サッカーにおける最初の規則は1915年に制定されました。
・当時は各学校独自のルールがあり、中に手でボールを扱うことを許可しているルールもありました。
サッカーの創設
・サッカー(アソシエーションフットボール)の公式な歴史は、1863年にイングランドでFA(英国のサッカー連盟)が設立されたときに始まりました。
・多くの学校のチームが、FAに加入し、協会は大規模な組織になりました。
・FAはフットボールの基本ルールとして、1848年にケンブリッジ大学の学生たちによって考案されたルールを用いました。
・協会によって定められたルールには、プレーの最中に手でボールを扱うこと、ハッキングと呼ばれるタックルを禁止することでした。
・これらのルール規定は多くの面で物議を醸し、それに反発する人々やクラブも現れました。
・両者の交渉は続きましたが、5回目の会合の後、両者は袂を分かちました。
・選手が手でボールを運ぶことを許可すること要求する人々は、やがて、独立して自分たちで新しい協会を立ち上げることになります。
・そこからラグビーフットボール競技の歴史は始まり、発展を続けていくことになりました。
・一方のサッカーは、手でボールを扱うことを禁止して、足や手以外の部分でボールを扱うというバリエーションから発展しました。
・つまりサッカーとラグビーは、元々は同じ競技であり、そこから別の形にそれぞれ発展を遂げたということになります。
サッカーの専門化
・フットボールアソシエーションの出現により、サッカーという競技の専門家は進みました。
・やがて、現在でも使用されている球体状ボールを使うこと、1チームに付き11人の選手で試合を行うことなどが決定されるようになります。
・1867年には世界最初の大会とされるYoudan Cupが開始されました。
・1871年には現存する世界最古の大会であるFAカップが開催され、「ワンダーランズ」というクラブが最初の王者となりました。
・FAカップが成功して、大きな盛り上がりを見せたことで、数年以内にイングランドのすべてのクラブが参加を希望してFAに加入しました。
・FAは加入の条件として、FAが定めたサッカー規則を受け入れることを条件とし、それはルールの急速な普及に繋がりました。
・ただ、この頃のイングランドではサッカー競技を行う選手はすべてアマチュアの選手であり、クラブがお金を払って選手を雇うことは認められていませんでした。
・その後、イングランドでは選手の雇用を合法化する声が急速に高まったこともあり、それはやがてFAを動かすことになります。
・1985年の夏、FAはイングランドのサッカーをプロ化することを発表して、選手の雇用を合法化することを認めました。
・スコットランド協会は引き続きプロ化を認めずに選手の雇用を禁止しましたが、多くの選手が雇用を求めてイングランドのクラブに渡ったため、スコットランドもプロ化せざるを得なくなりました。
・やがて、他の英国であるウェールズや北アイルランドもプロ化を果たし、世界で最初のプロリーグの設立に繋がることになります。
・1888年、「アストン・ヴィラ」というクラブの取締役であった「ウィリアム・マクレガー」という人物が中心となって12のクラブが参加するリーグ戦を立ち上げました。
・この際に参加を表明したクラブが、後のフットボールリーグの創設メンバーになります。
・この構想は同年の4月17日に正式に決定され、翌年に世界最初のサッカーリーグが誕生することになります。
・これが後のイングリッシュ・フットボールリーグであり、現在のプレミアリーグとなります。
サッカーの国際化
・英国で誕生したサッカーはやがて、国外でも普及し、大きな人気を博すことになります。
・20世紀に入り、サッカーというスポーツの国際的人気が高まるにつれ、世界規模でサッカーの様々な事柄を管理する組織の必要性が生まれました。
・それはやがて、世界規模でのサッカー連盟の設立に繋がります。
・この協会を結成するために尽力したのは、他の7つのヨーロッパの国々でした。
・1904年5月21日にフランスのパリで最初にFIFA(世界サッカー連盟)が設立され、フランス人の「ロベール・ゲラン」という人物が協会会長になりました。
・結成当初はヨーロッパだけであった加盟国も1909年には南アフリカ、1912年にはアルゼンチン、1913年にはアメリカ合衆国が加盟を発表したことでヨーロッパ以外にも拡大しました。
・1930年にはFIFAが主催する大規模な国際大会であるワールドカップが、初めて開催され、大きな成功を収めました。
・やがて、サッカーは世界中に普及して、世界最多の競技人口を抱えた最も人気のあるスポーツとして発展することになります。
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